家族には会わなくてもいい

家族には会わなくてもいい

家族には会わなくてもいい

私が小さかった頃、親はよく私のことを叩いていた。
勉強しなかった時は椅子に座れなくなるほど布団叩きで叩かれたことを覚えている。
叩かれる前の鬼のような形相をした父親を見るのと学校に行って椅子に座るのがつらかった記憶はある。
痛過ぎた記憶は覚えていないのか、叩かれていた瞬間のことはよく覚えていない。
愚かなことに、父親は叩いた自分がいつまでも素晴らしいと思っているらしく、それを自慢気に勲章のように話す。そんな父親を私は許せない。

会社を経営していた父親は男の子が欲しかったらしく、私が生まれた瞬間、女の子はいらないと言ったらしい。
成人になる前、成人になった後、何回この話を親戚に聞かされただろう。
頭のあまり良くない祖母や祖父、母親はことあるごとにこの話をした。
年を経るごとにいつまでたっても成長しない馬鹿な親戚や家族に私は辟易としていた。
家族や親戚に会わなくなったらこのような思いはしなくなるだろうか。
あまり頭の良くない人たちを見ないために私は涙を流しそして勉強した。
学力が上がるごとに周りの人間は変化していき、幸せになったと思っていた。しかし家族に足を引っ張られることはなくならなかった。
努力をしたとしてもいじめによって邪魔をされることに気付き、今年から実家には行かないことを決めた。
連絡を取らないことで人生がどのように変化するのか実験を始めた。
いいことかな。

まだまだ辛い思いを広げるのが親であり、親不孝者とは親の考えに従わない人間、つまり別の解釈をすれば自分の幸せを歩き出したものと考えられる。
スピリチュアルの世界では親子関係が良くないと成功できないという人もいるが、本来の意味では親というものは自分が成長するために存在しているだけなので、無理に会わなくても良いし、面倒を見る必要もない。
親が面倒を見てもらいたいと思えば、向こうから失礼なことは言わないようにするだろうし、変化したら考えればいいことである。

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